“1億総表現者”社会のインサイト

~表現する消費者=エクスプレシューマー市場の拡大にどう向き合う?

いつもの酒場で即興ライブ。キャストは今日も顔見知りばかり。客席を見渡しても殆どが別の日にはパフォーマーだ。「1億総表現者」の時代を象徴するひとコマである。

 

SNSの普及以前、マスメディアが発するコンテンツの受け手という立場に甘んじて来た大衆は、いまや表現者・発信者に変身した。「見る阿呆より踊る阿呆」その方が断然楽しいからだ。

▲約90名のパフォーマーが競演した即興イベント「時の隙間」(2018名古屋今池・海月の詩

未来学者アルビン・トフラーが予言した「プロシューマー社会」=プロデューサー(生産者)+コンシューマー(消費者)を引き合いに出すまでもなく、いまやキャストとオーディエンスの垣根はなくなり、「観る」ことよりも「表現する」ことに支出と労力を惜しまないエクスプレシューマー社会が現実のものとなってきた。

 ※Express(表現する)+Consumer(消費者)=表現活動に支出する消費者という意味の造語

もちろんライブ酒場だけの現象ではない。馴染みのギャラリーでたまたま出会う人も断然アーティストが多い。ハロウィン仮装で盛り上がる若者たちも、インスタ映えに奔走する女性たちもそう。自作のアニメ作品を引っさげフリマに出店する同人たちも、すべてエクスプレシューマー。そして、その殆どがプロではない。

 

そんな表現者マーケット拡大の時代は、あらゆる業種・業態で彼らを応援する「人・モノ・事・場」が求められる。営利事業でも非営利事業でも公共事業でも、場合によっては教育・学習の場さえも。

◆表現するための「場」が求められる

ガラス張りでステージ化した料理教室
ガラス張りでステージ化した料理教室

料理教室やダンス教室でガラス張りスタジオが増えたように、「習い事の場」も「表現するための場」になってきた。それは、「場」を有するあらゆる施設が表現の場として「ステージ化」する可能性を示唆している。

売り場やショールーム、カフェや美容室など物販やサービス提供の場を「表現する場」として開放すべき時代がはじまった。その訳は「集客力のある場」=「表現者が集う場+表現したくなる場」という表現者コミュニティの法則が確立されてきたからだ。

▲ガラス張りでステージ化したクッキング教室も表現の場

◆表現するための「事」が求められる

イベント、パレード、フェスなど「表現する事=機会・動機」の創設も今後ますます求められる。コスプレイベントやハロウィンのようなものだけでなく、デモ行進も、町内の盆踊りも、ボランティア活動も、勉強や業務も、すべて「表現の機会」と定義し直すことで、参加者のモチベーションを高め、活動をより楽しく盛り上げられる可能性がある。

▶お気に入りの本のタイトル等を投稿すると「〇〇さんオススメ本」として展示してくれる岐阜市の図書館は好きな本を披露できる「舞台」でもある

そうした動きは各地の新進的な図書館にもみられる。岐阜市の図書館では、市民が自分のお気に入りの本の書評を投稿すると、その本が専用コーナーに展示され、さらに共感してくれた他者とつながりが生まれるコミュニティ生成プログラムを用意している。「本を読む・借りる」だけだった図書館を「好きな本を発表する」舞台にし、「表現するために図書館を利用する」という「事」を創っている

◆表現するための「モノ」が求められる

既存の製品(モノ)を「表現する道具」と見直すことで新たな用途を生み出すこともできる。

涼をとる扇子が古典芸能やディスコのお立ち台で表現のための道具になったように。

ある女性アーティストは即興ライブで拡声器を使う。拡声器特有の声色変化が実に楽しい。けれど拡声器メーカーにすれば思いもよらない使われ方だろう。

同様に、「選挙カー」を一般向けに貸し出したら「パフォーマンスカー」として使われるかもしれない。

 

他にも、商品を完成品ではなく、あえてパーツ化し、表現のための部品・素材・デコレーション材として提供できないか再考する手もある。「表現のための~」を意識するだけで製品の新たなインサイトを発見できる確率は高まるはずだ。

◆表現するための「人」(=表現者ヘルパー)が求められる

いまや彫師などもヤクザとは無縁の身体表現手助けサービス業といえるだろうし、ネイリストやメイクのような職種だけでなく、これからは、画家とか、タクシードライバーとか、英会話教師とか、保育士・介護士など、表現とは無関係に見えるあらゆるサービス業者が「表現者ヘルパー」として活躍することになるだろう。

たとえば、何らかの表現をしたい人や企業の車にペインティングを請け負う画家がいてもいいだろうし、ハイヤーのドライバーがタキシード姿で乗客をVIPに見立ててエスコートするとか、英会話教師が日本人ミュージシャンの歌詞を英訳してあげるようなサービスも考えらる。 それぞれの技能を活かし、表現者をどうヘルプできるか考えれば新しいアイデアもわいてきそうだ。

障害者アーティストの活動拠点として世界的にも注目され、目覚ましい実績をあげている障害者福祉施設の「やまなみ工房」(滋賀県甲賀市)はまさに「表現者ヘルパー」の代表例といえる。

 

ここに通うようになるまでは、創作活動の経験が少なかった利用者に対しても、職員がさまざまな機会や素材を提供して「好きを見つけ出し」、それを思う存分できるよう環境を整えている。

 

その結果として、国内はもとより海外の著名なアートフェアや美術館にも出品されるレベルの高いアーティストを幾人も輩出している。

◀障害者アーティストの表現活動をきめ細やかにサポートし、利用者が自分らしくイキイキと過ごせる「やまなみ工房は、まさに表現者ヘルパーのお手本


エクスプレシューマー社会に向きあえば地域創生にも

「1億総表現者」社会。そう捉えれば、空き家・空き店舗・廃校舎・廃工場や公営住宅などは、表現活動の拠点や表現の素材として恰好の資産だ。アーティストレジデンス、シェアアトリエ、シェアギャラリー、あるいはインスタレーション空間などとして再活用すれば地域の魅力を高めることもできる

 

英国では、日本でいうシャッター街のような衰退した地域にアトリエやギャラリーを入れると徐々にカフェやショップも集まりはじめ、治安も回復し、ゴーストタウンが明るさを取り戻した例は少なくないという。

 

 大規模な再開発に多額な予算を投入してまったく新しくするよりも、古さや懐かしさ、猥雑さや廃墟感を残したリノベーションのほうが表現者にとっては魅力的だ。古きものを温存しながら再生させる、そのためにこそアートのチカラを使ってほしいものである。

 

高齢化が進むいま、企業や行政は「表現したい人たち」を社会事業という舞台を彩る共演者として支援し、育成し、その力を採り込むことでの活性化策が求められる。

「顧客」「住民」を「表現者=アーティスト」として見直し向き合うことは、新たなニーズや市場を拓くためのインサイトになるからだ。

 

<support the artist>をスローガンに視座と意識と発想を転換していくことが「地域創生」を成功へと導く原動力になるだろう。

 

 

文:滝沢 彰(価値デザイナー/プロジェクトプランナー/SEA研究+芸術プロダクション組合GOHOHO主宰)